第3回 首吊り自殺が連鎖する場所 【後編】「この祠を潰したら幽霊が出るくらいじゃ済まない。それこそ町全体に災いが及ぶ!」

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呪いにまつわる恐ろしい話

第3回 首吊り自殺が連鎖する場所 【後編】

この祠を潰したら幽霊が出るくらいじゃ済まない。それこそ町全体に災いが及ぶ!

問題の現場一帯に特殊な土地の気を感じ取った霊能者。これは一種の結界のようなものではないかと考え、その直感に基づいて調査を続ける。折しも幽霊マンションの敷地と接する空き地の茂みで草刈り作業を始めた人影が目に留まり、その人物に話し掛けると思いもよらない事実が明らかになり…。

老人の口から飛び出した意外な一言。「じつは俺の伯母も拝み屋だったんだ」

この祠を潰したら幽霊が

私はマンションを飛び出すと、そのまま屋上で目を付けた男性の許へ向かいました。空き地の手入れをしているということはその土地の所有者自身か、少なくとも所有者から作業を託された人ということですから、何か有益な情報を引き出せるのではないかと考えたのです。低いブロック塀で四方を囲んだ敷地には、人間1人がやっと通れるほどの狭くて小さい門扉が付いていました。幸い鍵が掛かっていなかったので、そのまま扉を開けて入り込み、低木の茂みを掻き分けて藪の奥まで踏み込んで行くと、その場で作業中の人影に向かって恐る恐る声を掛けてみたのです。

「あの、ちょっとよろしいでしょうか」

目深に被った麦わら帽のツバ下から、日に焼けた皺だらけの顔が現れました。

「アンタ、誰だい…?」

「断りもなく入り込んですみません。じつは私、そこのマンションの管理会社からある仕事を請け負った者なのですが今、この区画の土地について少し調べておりまして…」と、幽霊の件はなるべくボカす形で訊ねてみました。しかし、その言葉を言い終わらぬうちに男性の方から「何?また、出たのかい?」と問い返される始末で、土地に関する不吉な噂がすでに収拾がつかないほど広まっていることを実感しました。

「幽霊が出ること、ご存知だったんですね」

「もちろん、この辺に住んでいる連中はみんな知ってるさ。おかげでこの俺も、いまだにこんな仕事をやらされているわけだからね」

「ここの地主さんですか?」

問い掛けたとたん、男性の表情が硬くなりました。そして探るような眼差しを浮かべ、

「アンタ、D総業(Dさんが経営する会社の名)の人かね?」

「いえ、社員とか関係者とか、そういうことではないのですが、つい先ほどDさん本人とお会いしまして…」

回りくどい説明をしても余計に不審がられるだけだと考え、思い切って自分の素性を正直に明かしてみることにしました。するとその男性はとくに驚いた様子もなく、それどころか急に人好きのする笑みを浮かべたのです。

「ああ、拝み屋さんかね。一目見てその手の人じゃないかと思ったんだが、やっぱりそうか。するとDさんはまだ、ここの土地にデカいマンションをおっ建てる夢を諦めてないってわけか」

「あの、どうして私がそうだと分かったのですか?」

「身内にも1人いるもんでね」

「えっ、ご家族にですか?」

「そうだよ。俺の母方の伯母も生前、拝み屋をやっていたんだ。自慢するわけじゃないが、この辺りじゃ名の知れた祈祷師でね、隣の県や東京からも客が押しかけるほどだったよ」

灌木の茂みの奥に隠されていたもの

予想外の話に驚いていると、男性は作業の手を止めて、胸ポケットからタバコを取り出しました。そして、道路沿いのブロックの縁に座り込み、一服点けながらとつとつと語り始めたのです。

「俺の家はここから少し離れた場所にあるんだけれどね、春から秋の草が生える時期は最低でも月に1回は、こうして手入れをしにくるんだよ。元々は伯母が続けていたことなんだが、それが死んでからは代わりにやっているわけさ。いつも綺麗にしておかないと、マズいことになるっていうんでね…」

男性の話を要約すると、まず問題の区画を含む周辺の土地というのは、少なくとも戦前の頃までは人が滅多に寄りつかない寂しい場所であったそうです。人家といえば元々の地主の屋敷が1軒だけ。後は土の痩せた畑が広がるだけの殺風景な場所。しかもその当時の地主というのが度を超した吝嗇家であったらしく、そのために近隣から酷く嫌われていました。村落全体からも村八分のような扱いをされ、大人はもちろん子供たちもその周辺に近づくことを避けていたのだと…。

「村八分っていうと、遠い昔話みたいに思うだろう。だが、実際は今でもあることなんだ。その家は俺が高校へ上がった時分もまだ差別されていたよ。『G (地主の姓) の屋敷の近くにだけは行くな』って、親父やお袋からうるさく言われたもんさ。とっ捕まって、鍋に入れられて食われるぞ、とかね。まあ、昔の百姓同士のことだから、水の権利やら畑の境界やらで揉めた挙げ句、そういうことになっちまったんだと思うんだがね」

それが昭和時代に入って鉄道が敷設されてから、地主の屋敷と敷地は駅前の開発エリアに含まれるようになり、その土地の一部を借りて商売を営む人なども現れたそうです。しかし、どの店も上手く行かず早々に撤退。最後には全面的に整地し直して、小さな家作が建ち並ぶ住宅地に変貌したというわけです。

「ウチの伯母がGの家から頼み事をされたのもその頃でね、当時からもう幽霊騒ぎで知られていて、それを鎮めて欲しいっていう話だったのさ」

「なるほど。それで具体的にはどんなことをされたのですか?」

「俺は何も見えない普通の人間だから、具体的にって言われても困るんだが、まあ、色々とやっていたなあ。拝み屋や修験の仲間を呼び寄せて、お寺さんの大法会(だいほうえ)みたいに大げさな式を、地主の家の庭先で開いたこともあったよ。だけど効果の方はさっぱりでね、さすがの伯母もどうにもならないっていうんで、最後はここにこうして木を植えたわけだ」

「この茂みは自然のものではないのですか?」

「ああ、そうだよ。わざわざ隣町の植木屋を呼んで、庭みたいなもんを大掛かりにこしらえたのさ」

男性はそう言うとふいに立ち上がり、こちらに手招きしながら茂みの中心部へと踏み込んでいきました。するとそこには灌木の枝葉に隠されるような形で、小さな石の祠が鎮座していたのです。

「これは…いったい、何を祀(まつ)っておられるんですか?」

「伯母が言うには、大昔からこの土地に住んでいる怨霊(おんりょう)だそうだ。本当ならもっとデカい祠を作って鎮めなきゃいけなかったんだが、頼み主である地主の爺さんが酷く嫌がったんだよ。『ただでさえ悪い噂が立っているのに、火に油を注ぐような真似はしたくねえ』ってね」

「すると、わざわざこの祠を隠すために木を植えたと…」

「ま、そういうことだよ。おまけに今から40年くらい前、Gの家のひとつ前の跡取りが『やっぱり、ここは更地に戻す』と急に言い出してね、それにウチの伯母は猛反対して、しまいにゃ大枚叩いてこの50坪四方を買い取ったのさ。まったく酔狂な話だが、当人はえらく真剣だったね。『この祠を潰したら幽霊が出るくらいじゃ済まない。それこそ町全体に災いが及ぶ』とか言ってね。で、俺はその遺言を引き継いで、いまだにこうして祠を守っているわけだ」

「ここは人が住んじゃいけねえ場所なんだよ」

話を聞き終えた後、私はさらにいくつかの疑問をぶつけてみました。

まず初めに、この隠された祠の存在をDさんは知っているのかと訊ねたところ、「もちろん。今までアイツが雇った坊さんやら拝み屋やらにも、同じ話を聞かせてやったからね」とのこと。しかし、そのせいでかえって煙たがられるようになったとも言っていました。

「ある時にね、伯母の口癖の受け売りで『ここは本当は、人が住んじゃいけねえ場所なんだよ』と、社長本人(Dさんのこと)に説教してやったのさ。そうしたらとたんに顔を赤くして怒りだして、以来、完全に無視というわけさ」

「住んではいけない場所というのは…ここには、どんな怨霊が鎮まっているんでしょうか。ついさっき、マンションの中で、人間の霊に混じっている正体不明のモノも見たのですが」

「真っ黒い影法師みたいなヤツのことかい?」

「ご存知なんですか?」

「伯母の話じゃ、死神と同類のバケモノだそうだよ。それが生きている人間を、隙を見てあの世に引き込もうとするんだとね。もっともその本体はこの土の下で寝ているわけだが、そいつが目を覚ましちまうといよいよ大変なことになるらしい」

「どうしてそんなモノが封じられているのですか?」

「だからさ、俺は拝み屋でもイタコでもないわけだから、詳しいことは何も分からないんだよ。アンタも本職なら自分の力で調べてみたらどうだい。まあ、見えたからってどうにもならないとは思うがね。今までもずっとそうだったからさ」

それきり男性は再び草刈りの作業に戻り、私はお礼を言ってその場を去りました。

意念で霊道を移動しても、またすぐに復元してしまう。「あの場所だけは誰にも祓えない」

これ以上の経緯を書き連ねてもいたずらに紙面を費やすだけなので、後はこの話の顛末(てんまつ)を簡単に記させていただきます。

Dさんの依頼を受けてから数日後、私は準備万端を整えて区画全体のお祓いを実行しました。まず感知できる限りの地縛霊を1体ずつ丁寧に浄化し、マンションを貫通する複数の霊道も意念の力で移動させたのですが、わずか数週間後には全てが元に戻っているという始末で、依頼事を完遂することはついに叶いませんでした。

試しに「隠された祠がある茂みの土地に、新たに大きなお社を建ててはどうか」という案も出してみました。しかしこの案も即座に却下され、挙げ句の果てにはDさんから「拝み屋やイタコの類いは皆、詐欺師だ!」と罵声を浴びせられる始末でした。

また、それが依頼者と直接、顔を合わせた最後でした。後々に伝え聞いたところでは結局、Dさんは新しいマンションの建設を諦め、経営していた料理店も畳んだ上で所有地を丸ごと売却してしまったそうです。さらにその後数年を経た頃、跡地に新たな複数の建物が建ったという話も聞きましたが、実際に現地の様子を見たわけではないので、それについて書くことは控えておきます。ただ、一連の幽霊騒ぎは現在でもなお継続していると思いますし、あれから約20年の時を経て、祠が置かれていた茂みがどのようになっているのかも気に懸かるところです。どんなに高度な霊能力の持ち主であっても、あの場所だけは祓えないと思います。

人霊にあらざる黒い影と屋内を走り回る女の正体

お祓いを進める過程で得た断片的な情報を述べますと、どうやらあの区画付近は弥生期あるいは縄文期までさかのぼるような相当古い時代の祭祀場の跡地であったようで、そうした遺構の痕跡が今なお敷地の地中深くに埋まっているということが分かりました。

もしかしたらその一部分は、歴代の工事の途中に掘り返されたのかもしれません。ただ、工期延長や中止を避けるため、露呈した遺跡を内密に埋め戻すというのは工事業界ではよく聞く話なので、具体的な裏付けを取るまでには至りませんでした。

言うまでもなく、私は古代史や考古学の研究家ではありません。ですから断定的な話をする立場にはないのですが、恐らく当時、あの場所では人身供犠(じんしんくぎ)のような儀式が継続的に執り行われていたものと思われます。また、さらにそこから時代を経た中世期には疫病で亡くなった村人の死体を投げ込む塚とされていた時期もあり、言わば死に瀕した人間が発する怨念が集積した、正真正銘の呪われた土地だったのです。

人霊とは異なる黒い影はそうした負の念が凝集して生まれた特殊な存在で、陰陽道系の呪術で使われる式神に近い形態を有しているようでした。付近を地脈が走るという霊的磁場に恵まれた土地柄であるため、図らずもそれが長きに渡って残存し続けていたというわけです。意念操作で霊道の位置をずらし、地縛霊や残留思念を丹念に浄化しても、それらがまたすぐに復元されてしまったのも、同じ理由に拠るものです。

こうしたレアケースでは、従来のお祓いや祈祷といった技法がほとんど功を奏さないということもこの時に学びました。以降、私は遺跡や宗教遺構が絡んだ案件は、なるべくお断りするようにしています。今回ご紹介した事例のように、概してこうした問題には風水や地脈の流れが絡んでいることが多く、超常現象を起こす原因となるエネルギーを断つには、周りの地形ごと変形させるような大規模工事が必要となります。当然、莫大な費用が伴いますから、現実的には不可能なのです。

最後に、日本料理店の店内を走り回っていた女の正体について書いておきます。あれはかなり古い時代の人霊でした。中世期に投げ込み塚があった頃、そこへ愛児の死体を無断で投げ捨てられてしまった母親の亡霊と思われます。現代風の服装をしていたので初見では勘違いしてしまったのですが、丹念に霊視を続けたところそうした事実が判明しました。つまり、いくぶんかの自己意識を保った不成仏霊は自分が生きていた時代を偽装することがある、ということです。初めにあの女霊が走り回りながら生きている人間に一種のマーキングを施し、それを目印に黒い影が取り憑いて、少しずつ縊死へと追い詰めていく…そんな恐ろしいループが見えました。なまじ霊体としての力が残っているために、死神たちの道具にされていたわけです。

彼女は今でもあの場所を、髪を振り乱しながらさまよっているのでしょう。