本当にあった心霊話
第一話 笑い念仏
[体験者] 東京都葛飾区在住・須賀原喜子さん・32歳・会社員
母親の高校時代の恩師が急逝し、名代として告別式へ参列した喜子さん。読経の声と線香の匂いが垂れ込める中、祭壇に向かって焼香していると、どこからともなく忍び笑いが響いていることに気付いたのだった―――。
その日、私は母の名代としてある中年女性のお通夜に伺っていました。故人は母が高校生だった時の担任教師でした。母にとってその人は生徒と恩師の関係を越えた親友とも言うべき存在で、卒業後も長く親交が続いていたのですが、それが急性の心臓病で突然倒れて帰らぬ人となってしまったのです。折悪く、母は交通事故に遭って入院中で、しかも複雑骨折のために動くことは無理でした。本人は「這ってでも参列したい」と担当の医師に頼んだそうですが、どうしても外出の許可が下りず、代わりに私がお悔やみに伺うということで納得してもらいました。
会場は芸能人などのセレブが数多く住んでいることで知られるお屋敷街で、今どき珍しい自宅葬でした。辺りでも一際大きな豪邸の門を潜りながらそこかしこに飾られている花輪や生花の札を見ると、いずれも有名企業の名が記されていました。ママのお友達、すごいお金持ちの奥様だったんだ。知らなかった……。そんなことをぼんやりと思いながら、受付を済ませてお焼香の列に並んだのです。
喪主とご遺族にご挨拶した後、祭壇の遺影に向かって手を合わせたのですがその時、会場内の音に違和感を覚えました。お坊さんの読経に混じって、かすかに別の声が聞こえていたのです。それはキャッキャッと浮かれた子供の笑い声のようなものでした。最初は参列者の中に子連れの人がいるのかなと思ったのですが、いくら見回してもそのような人影は見当たりませんでした。
会場の片隅でその声に耳を澄ましていると、やがて葬儀社のスタッフらしき女性が近づいてきました。「どうかなさいましたか」「いえ、笑い声が」「え?」「ほら、聞こえませんか」向こうは言われて初めて気づいたらしく、私と同様に耳を澄ませながら、「何かのノイズをマイクが拾っているようですね。ご指摘いただきありがとうございます」と言って、祭壇の裏手側へ消えました。音響設備を調整しに行ったのかなと思ったのですが、その間にも子供の声は少しずつ大きくなり、私以外の参列者もそれに気づき始めた様子でした。「ギャテイギャテイハラギャテイ、ハラソウギャテイ、ボウジソワカ、アハハ、キャハハ、ウフフ……」え、お経?大勢の子供たちは、ただ笑っているわけではなかったのです。そこには般若心経らしき経文の言葉が混じっていました。
場内がざわつき始め、スタッフや遺族などの葬儀関係者があたふたとしている様子が見て取れました。さすがに私も気味が悪くなり、早々に場を立ち去ろうとしたのですが、そこへ先ほどの女性スタッフがまた現れ、「お清めの支度がございますので、ぜひお立ち寄りください」と声を掛けられました。「いえ、せっかくですが結構です」「そうおっしゃらずに。ご供養ですから」そう言うと彼女は私を先導してスタスタと歩き出しました。
会場の隅から屋敷の奥へ続く廊下を抜けると女性は足を止め、「こちらです」と言って突き当たりにある両開きの扉を開きました。しかし、その広い室内には誰もいませんでした。振り返るとすでに女性の姿はなく、私は伽藍堂のような空間に独り取り残されてしまったのです。四方の壁際にはガラス張りキャビネットが並び、その中に無数の人形が陳列されているのが見えました。記憶は定かではありませんが、大半は高価そうなアンティークドールや市松人形だったと思います。一瞬の間をおいて、先ほどのお経混じりの笑い声が再び凄まじい音量で室内に響き渡りました。「ギャテイギャテイハラギャテイ、ハラソウギャテイ、ボウジソワカ、アハハ、キャハハ、ウフフ、ギャハハハ!」
無我夢中で部屋を飛び出し、転ばんばかりの勢いで屋敷を離れました。想像を絶する恐怖に遭遇した時、人間は悲鳴さえ上げることができないということ初めて知りました。帰宅してから2日ほど原因不明の熱で寝込んだ以外は、今のところ何事も起きていませんが、それでもなお不安は拭えません。入院中の母からそれとなく聞き出したところ、亡くなった女性はその家の後妻であることが分かりました。若くして病死した最初の奥さんは、雑誌で紹介されるほど有名な人形コレクターだったそうです。もちろんあの笑い声のことは、母には一切伝えていません。
霊能者による検証コメント
遠隔霊視をさせていただいた結果、喜子さんは潜在的にかなり強い霊感を有している方であることが分かりました。今回、怪事に遭遇したのもそれが原因ではないかと思われます。会場でお会いになったという女性スタッフというのも、当然この世の者ではありません。ただし現在のところ、特定の霊の憑依や霊障などの影響は感じられませんのでご安心ください。
人形が関わる心霊現象には、私もこれまで数多く接しています。元は「ひとがた」と呼ばれた呪具が発祥ですから、子供の玩具となった今もなお念が篭もりやすい性質を有しているのは、当然と言えば当然のこと。とくに誰かが愛着した人形というのは、その人物の分身的な存在となることが多いので、それなりに注意を払って扱う必要があるのです。そうした特別な人形は持ち主が亡くなった時にお棺の中に入れて一緒に旅立たせるのが最善なのですが、ご遺族は遺品として手許に残しがちです。心情としては分かりますが、霊的な立場からすればこれは決して感心できる行為とは言えません。もし家の中に気になる人形があり、とくにそれが故人の遺品などである場合は人形供養をしていただけるお寺や神社などに預けた方が無難です。