呪いにまつわる恐ろしい話
第2回 廃神社のマネキン人形 【前編】
杉林に囲まれた暗闇の中に白く浮き上がった人影。その首だけが180度後ろへ向いて…
世話をする者がいなくなり、無惨な廃屋と化した神社。夜な夜な、その境内周辺に不審な人影が出没するようになり、地域の人々はにわかに騒ぎ始めた。やがて、それが人間の手には負えない存在であることが分かり、依頼を受けた霊能者がお祓いに出向いたところ…。
「直接、お祓いに出向いてもらうことはできますか?」
これから書くのは私自身が直接、関わったことではなく、間接的に見聞きした話を時間系列に沿って再構成したものです。ただ、全く無関係な出来事なのかと言われればそうとも言えません。今から10年近く前、私が電話で受けたお客様からの相談が発端になっているからです。
その相談はある場所で頻発していた奇怪な心霊現象に関わることだったのですが、直接、現地へ出向いてもらうことはできるかと問われ、「残念ながら、そうしたサービスは行っていない」という旨を告げました。すると、代わりに誰か適切な人物を紹介してくれないかと重ねて頼まれました。
そこでいったん在籍会社のスタッフに確認し、後々に責任問題が生じない状況であれば随意に人を紹介しても構わないと告げられたので、霊媒としての能力の高さはもちろん人間性の点でも信頼のおける同業者を1名推薦させていただきました。
その人は川内さん(仮名)という当時50代後半の女性で、相談者の居住地から比較的近い土地で個人鑑定所を開いていたこと、また若い頃にはイタコの師匠や修験行者などに師事して本格的な霊媒術と祈祷術を学ぶなど技能、キャリアともに傑出していたことから、この人なら間違いないと確信。念のため当人へも打診したところ、快く引き受けてもらうことができ、晴れて正式に担当していただく運びとなりました。
そして半年後、その川内さんから「以前、仲介していただいた相談事について、大方解決することができました」との連絡をもらい、「ずいぶんと長く関わられたんですね」と労(ねぎら)うと、「それがじつはね…」と、息せき切るように経緯を説明し始めたのです。
霊能者が現地へおもむくと、そこには大勢の人々が…
まず、この件の依頼者について簡単に説明させていただきます。
当初、私が電話占いの鑑定という形で対応したのは60代の初老女性で、話の次第は居住する地域で頻発している心霊現象に関するご相談でした。また、この方が単独で相談してきたということではなく、いわば同じ地域に住む住人たちの代表としてお話しをされていたのです。その後、川内さんのところへ連絡してきたのも同一人物で、日時を決めて現地へ出掛けてみると、待ち合わせ場所の個人宅にはすでに10人あまりの男女が顔を揃えていたそうです。
差し障りがあるので具体的な地名は書けませんが、現地は県内の都市圏からかなり離れた山間部の集落で、当時の世帯数は50軒に欠けるほど。ほとんどの住人が農業や林業に携わってはいるものの、後継者となるべき若者の姿が皆無の、いわゆる限界集落のような地域でした。
そんなうら寂しい場所の古びた一軒家で、いずれも高齢の住人たちに出迎えられた川内さん。霊能者に頼らざるを得なくなった異常事態の経緯を聞くことになったのですが、最初に説明し始めたのは私と川内さんに電話をしてきた当人である60代女性のN子さんでした。この人の家は代々、集落全体を取りまとめる長(おさ)のような役目を果たしてきた血筋とのことで、その口からいきなり突拍子もない言葉が飛び出したそうです。
「人の魂が乗り移ったマネキン人形が夜中に動き回るって言ったら、先生は信じてくださいますか?」
「えっ?人形が動く?それはどなたか実際に見た方が?」
「はい。ここにいる人たちはほとんど全員が見ています」
「なるほど…。では、どうしてその人形に人間の霊魂が憑依していると断言なさるのですか?」
「心当たりがあるからです。前にこの土地の鎮守(ちんじゅ)を管理していた男がやったことだと、皆そう信じています。その男が集落の人間を恨んで嫌がらせをしているんです。ただ、こんなことを警察に言ったって、まともに取り合ってくれないことは分かっていますから、それでその道の専門家を探して、最終的にあなたにお願いしたということなんです…」
廃墟と化した神社付近に現れる全裸の男
N子さんの言葉を継ぐように、今度はその隣に座っていた初老男性が詳しい経緯を説明し始めました。マネキン人形が勝手に動き回るという怪異現象を、そこの集落内で初めて目の当たりにしたのがその人であったそうです。
「半年前の夕方にさ、畑から家へ戻るのに神社のすぐ横の道を通り抜けたんだけれどね、その時に全身が白っぽい肌色をした人の姿を見たんだよ。そいつ、社(やしろ)の裏手の雑木林から急に飛び出してきたんだ。そりゃ、もう驚いたさ。遠目に男が丸裸で立っているのが見えたわけだから…。で、こっちがギョッとして立ち止まったら、あっちもピタッと動きを止めてね、50メートルくらいの距離をおいて、しばらくはお互いににらみ合うような感じになっちゃって…」
やがて謎の人影はゆっくりとその場を離れ、再び雑木林の中へ消えていったというのですが、それ以降、似たような目撃体験をした住人が続出。一時は通報を受けた警官が調べにくるほどの騒ぎに発展したのだと。
「しょせん爺さん婆さんしかいない集落だし、丸裸の変質者が1人や2人出たからってそう騒ぎ立てることはないっていう意見も多かったんだけれどね。たださ、この辺一帯は昔、アジア系の空き巣グループに家を荒らされて酷い目に遭ったりしたから、それで「もし、今回も同じようなことだったら怖い」っていう人もいてね。で、隣町の集落から駐在に来てもらって事情を話したわけさ」
明らかに地元住人ではない不審者、しかも全裸で歩き回っている男がいると、ただならない内容の通報を受けた警官は、もちろんすぐに飛んできてくれました。そして住人たちの助けも借りて、周辺一帯を見て回ったわけです。
市街地まで車で数時間もかかるような人里離れた集落で、夕方から夜間にかけて連日のように目撃されているのだから、これはわざわざ遠くから通ってきているとは考えにくい。そうなると付近で夜を明かしている可能性も否めないので、目撃者数が最も多い廃屋化した神社の敷地を中心にかなり丹念に調べたとのことでした。しかし、それらしい痕跡や手掛かりは何もなく、ますます謎が深まるばかりでした。
「一応、調書は作っていたみたいだけど、それきりだったね。まあ、それで我々もこれは警察なんかに頼んでもラチが明かないことなんだって、薄々気づいてね、即席の自警団みたいなもんを作って、見回りを始めたのさ」
謎の人影の首が不自然に後ろを向き…
廃神社の境内を含む道筋というのは、集落から広い国道へ出る途中にあり、多くの農地とも接しているため、そのまま放っておくわけにはいきませんでした。パトロールは毎晩1回。単身では怖いのでいつも複数で連れ立って、集落内の小道と国道に続く道路を一通り巡ったそうです。そしてそれを始めてから1ヶ月ほど経った頃、いつものように巡回していた3人の男性が問題の人影と遭遇しました。
「境内のど真ん中に、後ろ向きの格好で立っていたそうだよ。もちろん辺りは街灯なんかないからね、ライトで照らさないと何も見えるわけないんだけどね、なぜかそいつは自分で光っているみたいに真っ黒な闇の中にボーッと浮き上がっていて、それが急に振り向いてきたらしい。しかも胴体を全く動かさずに、首だけがグルッと真後ろを向いたわけさ。で、見た連中はもう大慌て。持っていた懐中電灯まで放り出して、ほうほうのていで逃げ帰ったって話だ」
ちょうどこの頃を境に、事態はさらに深刻化していきました。これまでの神社付近の道筋だけではなく、集落内のそこかしこで同じ謎の人影が目撃されるようになり、甚だしい場合には家の敷地や屋内にまで侵入してくるようになってしまったのです。
新たな目撃者たちも異口同音に「まるでマネキン人形が一人でに動いているようだった」と証言し、「これは何かの祟りや障りの類いに違いないから、それなりの人を呼んでお祓いしてもらおう」ということになったわけです。
以上のような経緯を訥々(とつとつ)と語った男性に、川内さんはいくつかの質問を投げかけました。
「まずそのマネキン人形ですが、ただ姿を見せるだけで他には何もしないのですか?何か悪さを仕掛けてくるとか、そういうことは?」
「今のところはそれは聞かないね。ただ、人畜無害ってわけじゃない。そいつを見るとね、後で身体の具合が悪くなる人が多いんだ。皆、それなりに年寄りだからさ、持病のひとつやふたつは抱えているわけさ。で、見た後は急にその症状が悪化するわけ。かく言う俺も最初にアレを見てから、前立腺の調子が急にヤバくなってね、慌てて入院して手術だよ。おかげで今はもう大丈夫だけどね」
「間違いなくマネキン人形だって、それは目視とはまた別の形でも確認したのですか?」
「いや、見た目がいかにもそれっぽいってことさ。肌の具合っていうか質感っていうの?そういうのがまるでプラスチックか樹脂みたいにつるんとしていて、身体の造りや顔を見ると明らかに男だってことは分かるんだけれど、肝腎の顔に表情がないんだよ。だからさ、時々、山奥に不法投棄されてるマネキンのゴミみてえだなと、誰からともなく言い出して…」 「では、初めにおっしゃっていた集落を恨んでいた男というのは?」
「うーん、それはまた話せば長いんだけどねぇ…」
と、初老男性はそこで急に言い淀み、代わりに再びN子さんが説明し始めました。その話は山奥の閉鎖的な集落ならではの奇妙な内容でした。